お百姓の娘 

ランチ定食の画像


 昨日の話しを引きずります 


 郷愁の念も一夜明けると、東京かられられない自分がいます 


 すでに、香川の山奥で暮らしていた年月より、東京での日々の方が長くなっています 





 コチサ
「もうこうなったら、コチサの故郷は東京と言っても良いね 


 お父さん
「何を言うても、お前は百姓の子やいう事実は変わらんで(^_^;)」


 コチサ
「ところでさ、お父さんは本当にお百姓さんなの 


 お父さん
「何を言うとる、正真正銘の百姓やで(-"-)」


 コチサ
「コチサもそう思っていたんだけど、東京に出てきてから、
東京の人が思っているお百姓さんのイメージとお父さんって、随分うよ 


 お父さん
「東京の人は、実際に百姓を見たことがないからやろ!」


 コチサ
「コチサも、お父さんが百姓一揆とかしたとこ、見たことないし 


 お父さん
「ワシは江戸時代の人間かい(/_;)」





 東京の人の口癖に、
お米は一粒たりとも無駄にしてはいけない
というものがあって、実際に、他の食材はぞんざいに扱っても、
お米をとぐ時の一粒さえ水に流さないように、気をつけている人たちを見たりします 


 食事中でも、おかずは残しても、ご飯は決して残さないようにする人たちもいます 


 その理由を聞くと、
お米はお百姓さんたちが、一粒一粒、額に汗して作ったものだから、
無駄にしたらバチがあたるし、お百姓さんに申し訳ないと教わってきた

というものでした 





 お父さん
「そりゃそうや、東京の人たちの考えは正しい(^^)」


 コチサ
「でもじゃん 


 お父さん
「な、なんでや?」


 コチサ
「脱穀機の中とか、結構ワイルドにお米飛ばしてるし・・・


 お父さん
「そ、それは機械やから仕方ないやろ^_^;」


 コチサ
「収穫の田んぼでも、結構、落としてるし・・・


 お父さん
「そ、それも、田んぼの中で一粒一粒確認してたら、何も進まんからやろ(-_-;)」


 コチサ
「だから嘘じゃん。
お百姓さんって、東京の人が考えるほどストイックじゃない 


 お父さん
「まぁ確かに、東京には、少しばかり誇張されて伝わっとるかもしれんけど・・・」


 コチサ
も飲むし、パチンコにも行く 


 お父さん
「ま、まぁな・・・ワシはパチンコはせえへんけどな(=_=)」


 コチサ
「お米の一粒くらい、無駄にすることもある 


 お父さん
「ま、まぁ、無駄というたら語弊があるけど、
合理的な生産性を考慮してということでは、そうやな(^_^;)」


 コチサ
「コチサ、東京の人に真実を伝えなくちゃ 


 お父さん
「ま、待て、お前、早まったことをしたらいかん。
百姓はワシだけではないんやで・・・(p_-)」





 東京の皆さん 


 ナーバスにお米の一粒一粒を大切にしなくて大丈夫です 


 でもそれは「お米をぞんざいに扱ってください」ということではありません。


 「木を見て森を見ず」という言葉があります。


 お父さんは、365日、毎日朝4時に起きて田んぼに出ます 


 それは、農繁期だけではありません。


 真冬の、田んぼが使われていない時期でも、同じです 


 毎日田んぼにをかけ、調子を聞いています 


 田んぼがやせ細らないように、いつも会話を欠かしません 


 自然に田んぼに落ちる一粒のお米は、田んぼに返ります。


 決して、無駄にはなりません 


 一粒のお米を大切にしてくれるのはありがたいですが、
その前に、大きな口で、炊き立てのお米を思いっきり張ってください 


 そのせいで口からこぼれて床に落ちたお米は、捨ててくれてかまいません。


 それよりも、大きな口でいっぱいのお米を味わって「美味しさ」を満喫してください 


 その時こそが、お父さんたちが流した汗が光りく時だからです 


 「お百姓さんに申し訳ない」と一粒を大切にすることと同じくらいに、
「美味しい」の一言で、お百姓さんをばせてください 


 その方が、本当はお百姓さんもしいんです 





 お父さん
「お前もたまにはええこと言うな。やっぱり百姓の子や 


 コチサ
「だから、お百姓さんの子どもじゃなくて、今では立派な東京人なんだよ(^_^;)」


 お父さん
「だったら、早よ、大きな口で白米たくさん食べられるように、を治さんとな 


 コチサ
「おっ、やったね。今回はお父さんがうまくまとめたね(*^^)v」


 お父さん
イェィ! 


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