鏡 

浴室の画像


 コチサの家には、全身を映すスタンドタイプの大きな姿見、化粧用のドレッサー、
そして大小さまざまな手鏡、それに浴室の備え付けなど、数えるとたくさんのがあります 


 そして、一日に何度となく向き合い、多くの時間を費やす場合もあります 


 それなのに・・・





 無言で鏡と向き合うようになったのは、いつの頃からでしょう・・・


 毎朝の化粧を整え、その仕上がりをチェックしたり、食事の後、ご飯粒が付いてないかを確かめたり、
鏡は単に自分のを確認するだけのツールになってしまっている事に気が付きました 


 かつてのコチサは、鏡と会話することが何よりの楽しみだったのに・・・





 幼少コチサ
「鏡よ、鏡よ、さん、この世で一番可愛いのはだぁ~れ 


 
ソレハ、モチロン、コチササン、デス(^^)


 幼少コチサ
「それは違うな 
ミス日本が一番可愛いって審査員が決めてるんだから、コチサは7番目くらいにしてよ 


 
コチササンハ、7バンメ、デス(^^)





 鏡に語りかけて、じっと耳を澄ませると、ちゃんと希望通りのえが返ってくることを、
幼い女の子たちはみんな知っていました 





 幼少コチサ
「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、寿司職人になぁ~れ 


 
「(ドウゾ!)」


 幼少コチサ
「ちょっと違うな。それは板前さんだよ。
寿司職人と板前さんでは鉢巻の結び方が違うんだよ。やり直し 


 
「(スミマセン。ハイ、ドウゾ(-_-;))」





 鏡に語りかけて、瞳を閉じて、ゆっくり目を開くと、ちゃんと希望通りの姿を見せてくれることを、
幼い女の子たちはみんな知っていました 


 歳月を経て、女の子たちが鏡に語りかけるのを忘れた時、それまで手にしていた無数の現実は、
しさ」は相対評価の中での競い合いになり、
」は叶える為に苦痛を伴う努力目標になっていきました 


 でもあの頃、自分は誰よりも可愛くて、どんな職業にもつけたのは、紛れも無い「事実」でした。


 誰と比べることも無く、誰に認められる必要も無かったのですから、
自分が7番目に可愛いと決めれば、それが事実だし、
自分が寿司職人だと決めれば、それが現実でした。


 自分と鏡だけが、自由にそれを決められたのでした 


 もちろんあまりにも無謀な欲望や要求は、鏡がちゃんと拒否をして応えてくれました 





 幼少コチサ
「夏休みが半年続きますように 


 
ソレハ、ダメデス。ミンナ、ベンキョウ、シナクナリマス(ーー;)





 反抗期で、誰の言うことも聞かない子どもでも、鏡がそう言えば受け入れます 


 それは、反抗期の子どもの中にも、ちゃんと良心が宿っていることのでもありました 


 鏡の言葉は、無意識の自分の心の声である事を知らないままに、
子どもは鏡の言葉として肯定していました 


 ふすまひとつを隔てた部屋で、そんな子どものひとり遊びを聞きながら、
まっすぐに育ってくれてありがとう」と、たくさんの親が鏡に感謝していたかも知れません 





 なんだか、久しぶりにと会話をしてみたくなりました 





 コチサ
「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この世で一番可愛いのはだぁ~れ 


 
 ^m^」


 コチサ
「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、野菜ソムリエになぁ~れ 


 
「(ハイ、ドウゾ(^O^)/)」


 コチサ
「それは、ただのナスのヘタ頭のコチサだろ!  





あぁ、もう念が多すぎて、あの頃の純真な気持ちには戻れない 


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