本音と建て前 

2012五輪聖火の画像


 遅ればせながら、オリンピック真っ盛りの今日この頃です 





 お父さん
「金メダルを取る子どもを持った親はせもんやなぁ~ 


 お母さん
「ワタシも子どもからメダルを首にかけてもらたいわ~ 


 お父さん
「これがホンマの親孝行いうもんや 


 お母さん
「ウチの子とは何が違うんやろなぁ 





 子どもにしてみれば「親が違うんだよ<`ヘ´>」と言い返したいところですが、、、


 お茶の間でオリンピックを観戦しながら、こんな会話を経験した子どもは、
コチサだけではないような気がします 


 世の中には、この言葉に奮起して、実際にオリンピックで金メダルを取って
プレゼントした子どももたくさんいることでしょう 


 しかしながら、コチサを筆頭に多くの人たちは、せいぜい母の日に、
手作りの「たたき券」くらいしかプレゼントができなかったのが現実です 





 コチサ
「今でもオリンピックを見る度に、幼い頃のあの言葉がよみがえって胸が苦しいよ 


 お母さん
「お前、傷ついてたん?」


 コチサ
「当たり前でしょ。子ども心に深く深く、日本海溝より深く傷ついたよ。
あの言葉によって、コチサは心の子ども時代を過ごしたと言っても過言ではないよ 


 お母さん
「そうは見えんかったけどな。体育2の成績表を振り回して
こんな成績の子どもを生んでおいて何いうてんねん』とかお父さんに文句つけとったで(^_^;)


 コチサ
「そ、それはさ、傷ついた心を親に悟らせまいとした子どもながらの配慮だよ 


 お母さん
「どこの親も、子どもを励ますためにそう言うんで、
本心から金メダルを取ることが親孝行と思っとる親はおらへんよ(#^.^#)」





 実際には、いろんな環境や家庭事情もあるから、すべてがお母さんの言う通りとは限りませんが、
確かに親が求める「親孝行」には、「」と「て前」があるのだと思います 


 それに気が付いたのは、本当にずいぶん後になってからです 


 コチサニュースの時代にも書きましたが、コチサが大きな病気を患った時、
初めて夫婦で上京してきたお父さんとお母さん 


 それぞれ個別に上京はあっても、初めての二人揃っての上京が
娘の病じゃ、たまったもんじゃありません 





 コチサ
「親孝行が出来ないばかりか、これじゃ親不孝だね 


 お父さん
「そんなことはない。こうしてお前が生きとることが親孝行しとることになるんや。
ホンマの親不孝は親より先に死ぬことや 





 もしそうなら、残念ながら世の中にたくさんの親不孝があるのも現実です。


 でもその時のコチサにとって、この言葉は、かけがえのない勇気になったし、
生きなければいけないという使命感になったのも事実です 





 親孝行には「本音」と「建て前」があります 


 親は子どもの前では策士なので、なかなかどれが本音か建て前かは区別が付きにくいですが、
見分け方はひとつ 


 その言葉が妙にすーっと自分の心に受け入れられたら、それは、
親が子どもに望む本当の親孝行なのだと思います 


 頭も良くなく運動神経も乏しいコチサは、親からは何の期待をされることなく、
「親より長生きせぃ」というのが、せめてもの、親がコチサに望む最低限の親孝行のようです。 


 そして、なんかそんな思いがとても嬉しい 


 何の取り柄もない子に生んでくれたことでもらえた、この言葉がとても嬉しい 


 でも、お父さん、お母さん 


 親は子どもに練を与えなくちゃいけないんだよ 


 コチサの親孝行が簡単には叶わないように、
たくさんたくさん邪魔をするために、生きするのも親の役目だと思うよ 

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