好きの心得 

事務所から見える空の画像


 先日、作家の先生とお話しをする機会がありました 





 コチサ
「作家になったのは、やっぱりくことが大好きだったからですか?」

 
 先生
「私の場合は、もちろんそうです。
お芝居をされているのは、じるのが大好きだからですか?」


 コチサ
「コチサの場合は、もちろんそうです 


 先生
「最初に300枚書かなくてはならないというときは気が重いんですが、
いざ書き出すと楽しくて中になっています 


 コチサ
「台本をもらってこれを覚えなくてはならないというときは気が重いんですが、
いざ稽古に入りだすと中になっています 





 そして、先生の書いた文章は書籍として出版され、人々の目に触れ、
稽古を重ねたコチサのお芝居は、見に来てくれた人に披露されます 





 先生
「書くことが職と思ってます」


 コチサ
「コチサは演じるのが天職かはまだ自信が無いけど、演じることがしいです」


 先生
「でもふと考える事があります・・・」





先生は書くのが好きで、書いている時も楽しくて、ウキウキして書き進めているそうです  





 先生
「だけど、これを目にする人、読んでくれる人がいなかったら、私はくでしょうか?」


 コチサ
「・・・」


 先生
「たぶん書かないと思いました。
私は日記を書かないし、子どもの頃、日記を書いたときも楽しくなかった 





 コチサはどうだろう?


 演じることはもともと「見てくれる人ありき」で成り立っているから、
根本的に書くこととは違うから比べることは出来ないけど、
これが「見てくれる人がいない稽古」だったら楽しいかな?


 「今は見てくれる人が決まってないけど、いつか上演される稽古」
だったら楽しいはずです 


 でも「永遠に見てくれる人のいない稽古」だったら、
コチサは楽しくないし、演じないかもしれません 





 先生
「そういうものだと思います。
歌が好きでプロの歌手になった人でも、聞いてくれる人がいなかったら
「ひとりカラオケ」で足はしないかもしれません 





 先生は、そこが、同じ『好き』でも、
「好きでしむ人」と「好きだから仕事にした人」の
ボーダーラインなんじゃないかと考えているようです 





 先生
「仕事にするには、もうひとつ、
好き』なものがあるかないかで決まるんだと思います」


 コチサ
「わかりました!
さんですね 


 先生
「私もそう思います。
私には『読者』さんになりますし、あなたには『お客さま』、
スポーツ選手だったら『ファン・サポーター』ですかね 


 コチサ
「演じることだけじゃなくて、それを見てくれるお客さんも同時にきだから、
どっちかが無くなったら演じたくない・・・
先生だったら書きたくないし、歌手だったら歌いたくないということですよね 


 先生
「難しく考えると、余計にわからなくなるから、
私はシンプルに三波春夫先生の一言でまとめています。
行き詰った時の法の一言です 


 コチサ
お客さまは神さまです!」


 先生
「そうです。
お客さまは神さまです!」





 本当に本当にそう思います。


 お客さまはさまです 


 神さま、いつもありがとうございます \(^o^)/



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