八か月 

冬の空の画像



 家の近くの整体院の入口に、その貼り紙を見つけたのはこの春のことでした。


 『この度、新たに授かった命と自身の療養の為、しばらく休院させていただくとになりました。』

 



 真新しい紙にしっかりした文字で書かれたその字を見れば、誰だって院長自身の出産準備の為の暫くの休院としか思いません。


 「そういえばここの院長は、数か月前に結婚されたんだっけ」


 と、幸せそうに微笑んでいた院長の元気いっぱいの顔を思い出す常連さんもいたかもしれません。


 誰もまさか、妊娠と同時に自らの体が病魔に蝕まれていることが発覚しての休院などとは思わないでしょう。





 お医者さんと家族、そして何よりも新婚の旦那さんの説得で、泣く泣く赤ちゃんを諦め、辛く厳しい闘病の道を選んだ院長でした。


 そして、手術をしなければ余命三か月と言われた命は、手術を経て八か月まで延命しました。


 幸せな結婚式が行われた日からちょうど一年経った日、院長はすでにベッドの中で意識が朦朧としている状態でした。


 「一年前のあの日を夢に見て、穏やかな気持ちでいてくれたらいいな」


 語りかけても返事のない院長に、家族はそう思う事でしか気持ちを静める術がありませんでした。


 そして数日後、彼女は先に旅立った赤ちゃんを追いかけて逝きました。





 院長と家族にとっては、あまりに短く、あまりに儚い2015年でした。


 曇天の冬空の街並み、容赦のない北風は、四隅をきっちり張られていたあの貼り紙の三辺までも引きちぎっていました。


 寒空の中を悲しげになびく貼り紙も、早晩、最後の一辺も引きちぎられ、風に煽られ、空へと舞いあがっていく事でしょう。


 空高く高く、永遠の彼方へ。


 なんだか悲しくて眠れない。


 院長のご冥福をお祈りします。


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